SPECIAL INTERVIEW

藤田道

㈱ソニー・ミュージックレーベルズ 第3レーベルグループ アリオラジャパン第一制作部 プロデューサー

―2013年から平井堅はAriola Japanに所属し、現在もこのレーベルから作品を発表している。2013年といえば、平井堅のライフワークである『Ken’s Bar』が15周年を迎えた年であり、開店当日の5月29日はファンクラブ会員限定で、翌日の30日は一般公演としてスペシャルライブが日本武道館で開催された。
「それ以前にもイベントで平井さんのライブは観たことがあって、会場の空間すべてを声で埋め尽くす圧倒的な歌唱力というものが強く印象に残っていたんですけど、武道館のときは、こんなにわかりやすいものはないなと思ったんです。歴代の代表曲をいくつも歌えば名曲カバーも歌いますし、良い意味でライブが長くない……“もう終わっちゃうの?”って僕は感じたんですけど、それと、歌う姿も格好良い。エンタテインメントとして完璧だなと思ったんです。」
―2013年5月30日の『Ken’s Bar 15th Anniversary Special! vol.1』をこう振り返ったのは、藤田道氏。Ariola Japanの平井堅担当、いわゆるA&R。楽曲やミュージックビデオの企画、制作、宣伝など、平井堅のリリース作品に関わるあらゆる業務を2013年から担当しているのが藤田氏である。
「平井さんの担当になるかもしれないという話が上司の分校さん(注:vol.21に登場)からあったのは、2013年3月の末か4月の頭くらいだったんですけど、正式に決まったときは単純にうれしかったですし、今までやったことがない事にも挑戦できるチャンスだとも思いましたし、平井さんのようなすばらしいアーティストの担当になることはこの先もうないかもしれないくらいの気持ちにもなったので、悔いなきようにやろうと考えました。」
―そこで最初に藤田氏がしたのは、ジムへ通うことだった。
「平井さんのような格好良い人の横に立つ機会が増えることを考えたら、その当時の僕ははっきりいって太っていたので、ビジュアルで負けたくないということではなく、それなりにちゃんとまわりから見えていないと自信を持って平井さんのプロジェクトに臨めないと思って、武道館のライブを観た翌日からジムに通い始めたんです(笑)。体型をなんとかしよう、痩せよう、体力をしっかりつけよう、どんなに大変なことがあってもからだが強ければなんとかなるだろうと考えたんです。」
―担当決定後、藤田氏が平井堅に初めて会ったのは2013年8月16日。J-WAVE恒例の夏のイベント『J-WAVE LIVE 2000+13』が行われた国立代々木競技場第一体育館でのことだった。
「楽屋で挨拶……名前を言って、“よろしくお願いします”と言ったくらいで、楽屋には5分もいなかったですけど、それから間もなくして食事に誘われまして、そこで初めてゆっくり話をしました。とにかく、楽しく飲んで喋る人だなと。キャリアもある、実績もある、顔も売れている人なのに、まわりを気にせず、気さくに話すので、もう楽しくて楽しくて。いつでも飲みたい人だなって思いました(笑)」
―藤田氏が最初に携わった平井堅の業務はミュージックビデオの撮影。その『桔梗が丘』は、住宅メーカーであるミサワホームのテレビCM曲として2012年秋からオンエアされている楽曲だった。
「リリースすることをまだ発表していなくて、どうするのかと思っていたら、前任のA&Rとマネージャーさんから配信でのリリースを考えていると話があったんです。しかもミュージックビデオは、タイトルが平井さんの故郷の地名なのでそこへ行って撮影する、平井さんのお母さんにも登場していただくという、大サービスなぶっ飛んだ企画で、それは平井さんとマネージャーさんのアイデアでした。」
―『桔梗が丘』のリリースは2013年10月23日、ミュージックビデオは『YouTube ver.』として10月11日に公開された。
「ワイドショーで取り上げていただいたりYouTubeの再生回数もすごくて、反響は大きかったです。平井さんが配信限定で楽曲リリースするのは初めてだったんですけど、その後を考えると、とても良いきっかけになったと思います。制作もミュージックビデオのアイデアも僕が最初から関わっていたプロジェクトではないんですが、僕自身の、なんとなくな自信に繋がるきっかけにもなりました。」
―たとえば『ノンフィクション』。CDのリリースは2017年6月7日だったが、その約1ヶ月前の5月14日に先行配信させると、iTunesやレコチョクといった各主要音楽配信サイトでデイリーランキング1位を獲得、そしてロングセラーを記録。また、ミュージックビデオはフルサイズの尺ではなかったが、5月26日に公開され、現在の再生回数は3200万回超。もちろん、4月16日にオンエアがスタートしたTBS系日曜劇場『小さな巨人』の主題歌に起用されたこともヒットの要因のひとつだが、藤田氏が『桔梗が丘』で得た経験値はしっかりと活かされた。
「『桔梗が丘』のあとは、安室奈美恵さんと制作していた『グロテスク feat.安室奈美恵』(2014年4月2日リリース)の準備、それとコンセプトカバーアルバム『Ken’s Bar III』(2014年5月28日リリース)の制作が10月の後半から始まって、いよいよ大変なことになってきたぞ、でも乗り切ればこれまでとは違う景色が見えるかもしれないと思い、だからやっぱり、体力をつけていたことは正解だったんです(笑)」
―異なるプロジェクトを併行させていたのは平井堅も同じ。とくに開店15周年を記念した『Ken’s Bar 15th Anniversary Special!』は5月の武道館以降も、『vol.2』として七夕に沖縄の宜野湾海浜公園屋外劇場で、『vol.3』として年末のクリスマスシーズンに全国5都市で、『Valentine Special!』として年明け2月にジャズクラブのBlue Note TOKYOで、そして『vol.4』として開店16周年前夜の5月28日にさいたまスーパーアリーナでと、精力的に展開していた。そのあいだに渡米もしている。
「『Ken’s Bar III』のアートワークの撮影とコラボレーションの手合わせでニューヨークへ行ったんですよ。スケジュール的にはちょっと余裕があったので、食事をする時間もお酒を飲む時間もあって、すっごく楽しい出張ではあったんですけど。」
―オリジナルを歌うロバータ・フラックとコラボレーションした『KILLING ME SOFTLY WITH HIS SONG』が『Ken’s Bar III』に収録されているが、「コラボレーションの手合わせ」とはそのこと。しかし、「楽しい出張」でアクシデント発生。
「到着した日にみんなでイタリアンを食べに行って、勢い余って(笑)」
―酒を飲み過ぎてしまったのだ。宿泊したホテルの部屋のバスルームを仕切るガラスの壁に誤って顔をぶつけた平井堅、顔面流血。
「一大事ですよね。でも海外パワーと言いますか(笑)、日本で起きていたら、すぐ病院へ行って撮影は来週に延ばしましょうみたいなことに絶対なるんですけど、海外だったのでやるしかないということでスケジュール通りに決行したんです。色気のある、すばらしい写真がたくさん撮れて、平井さんが病院へ行ったのは撮影が終わってから。海外パワーですね(笑)」
―海外での撮影と言えば2014年12月10日リリースの『ソレデモシタイ』のミュージックビデオ、場所はインドのデリー市街地とその近郊。
「ニューヨークへ行ったときとは大違い(笑)。やらなければならないことがたくさんあって、しかも事前に聞いていなかったことが多く、それは現地でのコミュニケーションの問題もあったからで、日本から先に到着していたスタッフはすでに疲弊していたんですね。撮影はインドに到着した翌日から始まったんですけど、出てくる食べ物がお菓子とバナナだけで、平井さん、“カレーすら出てこない”って言ってました(笑)。もちろん、あちこちで踊りまくらなければならなかった平井さんがいちばん大変だったわけですけど、じつは帰国後も過酷で、と言うのは、編集が大変だったんです。平井さんの思いが強くて、修正と言いますか、改良に次ぐ改良。びっくりはしたんですけど、平井さんの考えを聞くと、そうしたほうが良い思うことばかりだったんです。」
―どこがどう改良されたのかはともかく、藤田氏が言うには、「尋常ではないミュージックビデオに対する執着が平井さんにはある」とのこと。
「スタッフ的な目線で言いますと、時代的なことがあると思います。YouTubeの再生回数、ファンやリスナーのダイレクトな反応は、本人がネットで知ることもできるので強く意識し始めたと思うんですね。だから平井さん、良いものを作ろうと積極的に意見を出してきますし、ミュージックビデオでもしっかり勝負しようという思いが如実に表れたのが、2013年前後のことだと思うんです。」
―2021年5月12日、『Ken Hirai Films Vol.15』がリリースされる。これは、2012年の『告白』以降の全シングル曲など、全18曲のミュージックビデオをまとめた作品集で、同時に、平井堅の「尋常ではないミュージックビデオに対する執着」を知ることができるアイテムでもある。
「攻めています。攻めてはいますけど、その結果、誰もわからなくても構わないというタイプのアーティストではないのが平井さんですから、どの作品もエンタテインメントになっていると思います。」
―楽曲に込めた思いと、それをしっかり伝えたいという意思を映像に反映させることは大事。たとえば『ノンフィクション』。
「共演していただいた舞踏家の工藤丈輝さん、あの動きは他の誰にもできないもので、だからこその強さがありますし、それと目。強い目つきなんです。平井さんの目もそうで、カメラ目線の歌唱と工藤さんの舞踏がぶつかることで生まれた強さもある。『ノンフィクション』のミュージックビデオにはいろんな強さがあるんです。」
―ちなみに撮影場所は奈良の生駒山上遊園地。ここへ向かう途中、新幹線の車内で藤田氏は思わず涙をこぼしてしまったとか。
「ヘッドフォンで普通に聴いていたら、それまでデモの段階からレコーディング作業が終わるまで何百回も聴いていたのに、間奏のハーモニカのところで号泣してしまって(笑)。間奏で泣いたのは僕の人生で初めてのことだったので、『ノンフィクション』は絶対に当たると思いました。」
―言うまでもなく、映像だけでなく、楽曲制作においても平井堅は攻めている。
「平井堅ならではと言うべき王道なものと、攻めるものがはっきり分かれているなと感じることが最近はないんですよね。そのふたつの幅が狭まってきていて、攻めつつもポップ。『ノンフィクション』はその典型で、楽器の数を減らすイコール、アレンジが地味になるわけじゃないんです。鳴っている楽器と歌の存在感を大きく、強くすることに成功していて、それがなによりもポップ。新しい王道。そういう楽曲が今回のアルバムにはすごく多いです。歌だけでなくイントロ、アウトロ、間奏、どこを聞いても退屈なところが一つもない。」
―「今回のアルバム」とは、デビュー26周年前夜の5月12日にリリースとなる10枚目のオリジナルアルバム『あなたになりたかった』のこと。本来ならばデビュー25周年を記念したいくつものプロジェクトを経て、アニバーサリーイヤーを締め括る作品として登場する予定だった、2014年の『Ken’s Bar III』のように。
「コロナがなければデビュー日(2020年5月13日)はライブをしていたわけですし、そのあとに全国ツアーの予定もあったんです。ファンの方たちにとっても平井さん本人にとっても僕らスタッフにとっても残念なことだったんですけど、そんな中、楽曲制作に向き合ったんです。時間をかけて、焦らずに、一歩一歩、確実に作業を続けて。平井さんは野心を絶やさない人で、平井さんの野心はまわりの人たちの刺激になるんです。そこで思うのは、平井さんは驚くほど自己に対して過小評価が過ぎるんです。謙遜し過ぎるんです。自分の実力はしっかりと認めたほうが、野心の精度、センサーは鋭利になると思うので、実力とキャリアを誇りに、今後もどんどん攻めていってほしいですね。」

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