SPECIAL INTERVIEW

nadY

スタイリスト

―平井堅がアーティストとして稼動する際、そこにはマネージャーが必ずいる。もちろん現場によってはマネージャー以外のスタッフがいることもあって、ライブ、イベント、写真撮影、テレビやビデオの収録など、いわゆる「露出」の際は、たとえば、スタイリストが必ずいる。服飾の演出をするという重要な役割を担うスタッフで、この十数年にわたって平井堅のスタイリングを手掛けているのが、nadY氏である。
「2006年に写真集を出すという企画がありまして、その撮影のときが初めて堅さんをスタイリングした仕事です。」
―デビュー10周年をフックとした『10th Anniversary Special Photo Book 平井堅』(学研)は、平井堅にとって初となるオフィシャル写真集で、nadY氏はその撮影のときのことを「鮮明に憶えています」と言い、そして「若かったなあと思います」と付け加え、以下のように振り返った。
「当時は、衣装をこの世の中に存在するもの=既製品の中から選んでいたのですが、今は自分で衣装を作ることがだいぶ多くなりましたね。その場合は堅さんに合わせて作るので、少しサイズが合わない、色が微妙に違う、別の質感が欲しかったなど、既製品のときに生じていた悩みは解消されるようになりました。」
―くだんの写真集撮影のあと、平井堅のマネージャーから「ミュージックビデオもやってみますか?」とオファーされ、それは2007年のシングル『fake star』なのだが、以降の平井堅のスタイリングはほぼすべて、nadY氏によるものである。
「わたしが堅さんの衣装を作るようになったのは、『告白』(2012年)のミュージックビデオのときがきっかけだったのですが、そこからは、自分自身がどう見せたいかというものにより近づけるようになっていったと思います。理想を形にするために生まれた衣装制作チーム、素晴らしい技術で答えてくれます。とても大きな存在です。そして更に理想を作り上げる上でなくてはならないのはヘアのTakeさん、衣装を見てそのムードを感じとって最終的な完成型に持っていってくれる存在です。」
―nadY氏にとってとても大きなことがもうひとつ、『告白』をきっかけに始まったことがある。
「『告白』からはミュージックビデオやテレビ出演時はどう見せるのかといった打ち合わせに、制作の段階から参加するようになったんです。堅さんのパフォーマンスと衣装とその世界観がハマったときがわたしにとっての嬉しい、幸せを感じる瞬間なんですが、最初の段階から擦り合わせができるようになったことで、すべてがハマる瞬間により近づけることができるようになったと思っています。この曲はこう、こういう佇まいで、というような確認を堅さんとするようになったのも『告白』の頃くらいからだったはずです。ときに、“パフォーマンスしづらいかもしれない”と言った衣装も、“着てみるよ、動いてみるよ”と、堅さんは絶対に最初から否定せず、解決策を見つけようとしてくれるので、本当に優しい人だなと思います。」
―どうすれば理想的なスタイリングを生み出すことができるのか、つねに策を練るnadY氏だが、2012年12月5日にフジテレビでオンエアされた『2012 FNS歌謡祭』は強く印象に残っていると言う。
「テレビ出演は、コンサート、ミュージックビデオやビジュアル撮影のときとは違い、たまたま見ている視聴者に、どうやったらインパクトを与えられるのかということを考えますし、堅さんとも話し合います。2012年は(5月に発表した)『告白』のプロモーションをずっとしてきた年で、『FNS歌謡祭』はその年に『告白』を歌う最後のテレビ出演でした。年内最後だからね、どんなことをしようかと、堅さんといろいろ話をしました。どんな衣装でもトライしてみるように、こちらがどんな意見を出しても耳を傾けてくれる堅さんなので、アイデア出しは可能なことから不可能と思われることまでいつも自由に話すんですが、ふと、鳥を肩に乗せて歌うのはどうだろうと言ってみたところ、“良い! やっちゃいな! やっちゃおう!”と、強く反応してくれたんです。すぐに剥製を借りに行きましたが、肩に固定させるのは思っていた以上に難しく、乗せようなんて言ったことを後悔しそうになりましたが、みんなで力を合わせて、無事に堅さんをステージへ送り出すことができました。あのときの素早い堅さんの“やっちゃいな!”がなかったら、躊躇してできなかったことだと思います。」
―ユニークなアイデアでフレッシュな平井堅を生み出そうとするnadY氏は、攻めの姿勢を忘れない。
「堅さんと仕事をし始めたとき、堅さんはすでにブレイクしていて、平井堅というアーティストのイメージもできあがっていたので、そのイメージを守りつつ、壊すことも必要だなと感じたので、刀を休ませ、様々なビジュアルにチャレンジしてきました。」
―nadY氏の言う「刀」とは、「チャンレンジ」とは、なんだろうか。
「もっともカッコイイ、セクシーな平井堅は、スーツ姿の平井堅。ファンの方たちもそう感じているのではないかと思っています。なので、ライブではファンの方たちが見たいと思っているであろう平井堅をひとつ入れるように心がけていて、それが、スーツです。堅さんの身長、恵まれた骨格、あんなにスーツを色っぽく着こなせる日本人はなかなかいないと思いますよ! ただ、スーツばかりにしてしまったら、平井堅と言えばスーツ、みたいなイメージが完全に定着してしまうので、スーツ姿の平井堅はここぞと言うとき、刀的なものとして登場させるようにしています。」
―そこで、『ノンフィクション』(2017年)。
「初めて聴いたときにすぐビジュアルが思い浮かびました。ブラックスーツに花束。刀の出番だと思いました。いつもはテレビ出演ごとに衣装を変えることが多いのですが、この曲では完璧なブラックスーツで、花だけ変えるという見せ方にしました。約半年間(2017年6月から12月まで、『ノンフィクション』のパフォーマンスで集中的にテレビ出演をしていた期間のこと)ずーっと花を買っていました(笑)。今思うと、あれだけの量の花を買えたのはとても贅沢なことで、スタイリングと同じように、色、形、長さなどバランスにこだわって選ぶのは楽しかったですね。『ノンフィクション』のプロモーションでの思いとともに花束がどんどん重くなっていったことは堅さんに申し訳なく思っています(笑)」
―『ノンフィクション』がリリースされる際、平井堅はこの曲について「人生の苦渋や苦難を歌った楽曲なので、生きることの暗部にフォーカスをあてて書いたのですが、でも決して諦めずに生きることを選ぶ、全ての勇者達を歌った曲」という公式コメントを発表している。ブラックスーツ、そして花束。それ以外は有り得ないチョイスであり、組み合わせだった。ただ、nadY氏は「裏切りやギャップ」のスタイリングも重視しているようだ。
「本人のイメージを作り出すスタイリングは、楽曲やパフォーマンスに寄り添うときと、裏切りやギャップが必要なときがあると思うんです。だから、わたしのスタイリングが堅さんにとって、自信を与えるもの、なにかに成りきらせるもの、そしてときに戦闘モードにさせるものであってほしいと思っているんです。服は人が着て初めて生き物になる、堅さんが着たことでその服に魂が生まれるわけですから。堅さんの表情、感情、動きで見え方はどんどん変わってくるので、想像を超える瞬間を感じるのは格別です。」
―そこで、『ソレデモシタイ』(2014年)。シリアスな『ノンフィクション』とは対照的と言っていい、コミカルな平井堅を徹底的に楽しむことができる作品で、このミュージックビデオ制作は平井堅にとって大きなチャレンジであり、だからこそnadY氏にとっては格別なものとなった。
「インドの民族衣装を着た堅さんが、実際にインドで、インドの人たちに囲まれて撮影したミュージックビデオ制作に携わることができたのは、一生の宝物です。堅さんのプロ魂をあらためて感じたことも良く憶えています。誰の、なんの撮影かもわからず、なにごとかとどんどん集まってきたデリーの人たちの好奇の目に晒される中、アドリブで何百メートルも街中を進みながら踊り続ける堅さんの度胸、やりきる姿勢。ものすごい集中力だと思いましたし、参加していたインド人ダンサーの方たちも、少しの休憩時間でも毎度みんなで踊りを合わせていて、真剣で純粋な姿勢は堅さんと一緒。そういう、パワーが溢れた作品なので、いつ見ても笑うと同時に、ジーンとくるものがあります。」
―たしかに『ソレデモシタイ』のミュージックビデオでインド人に扮した平井堅は、ノリノリである。もちろんそれは平井堅の必死さであり真面目さでもある。
「真剣さと純粋さ。堅さんの歌に対するストイックな姿勢、モノ作りに対する姿勢を近くで見ることができるのは、スタイリストとしてはもちろん、人としてとても貴重な経験ですね。一緒にお仕事できていることに感謝しています。」
―ちなみに普段の平井堅は基本、「ホワーン」としているそうだ。
「堅さんはフィッティング(衣装合わせ)が嫌いなんです(笑)。悩んで時間がかかってしまうことが多々ありまして、そのあいだ衣装を着たまま立っていないといけないので、退屈してしまうからなんですね。“あと何着あるのー?”と良く訊かれます。普段は基本、ホワーンとしているんですけど、仕事になるととんでもないプレッシャーの中で闘っているので、ホワーンとしているときの姿を見るとホッとします。ただ、戦闘態勢に入っているときの堅さんは本当にカッコイイです。痺れます!」

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